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戦争は総括できたのか・千鳥が淵墓苑など
1)戦争は総括できたのか。
戦争は総括できたのか?
Q:戦争が終わって60年ですが、依然として日本は歴史問題に悩まされています。
Q:根底には、日本の戦争指導者を裁いた東京裁判をどう見るかという問題があると思います。
Q:新しい罪を裁くものとして、東京裁判が設けられたわけですね。
Q:評価できない点は。
Q:裁判の欠陥は、日本の過去を正当化する理由にはならないということですね。
千鳥ケ淵墓苑・遺骨の扱い違法で残酷小泉首相は靖国神社への参拝を繰り返し、内外の批判を浴びている。靖国問題が議論されることは多いが、あの戦争の犠牲者の遺骨がどんな悲惨な状態に置かれ続けているかは、あまり知らされていない。 戦後60年近い歳月が流れたが、いまだに収集されずに残る遺骨は100万柱を超える。積極的ではない政府に代わって、捜索はボランティアたちの手で続けられている。遺骨が発見されると、厚生労働省も重い腰を上げる。しかし、祖国に帰っても、身元不詳の遺骨を温かく迎える施設は存在しない。 千鳥ケ淵戦没者墓苑の六角堂地下には33万余の遺骨が納められている。広さわずか6畳2間分の納骨室にこれだけの遺骨が納められる理由は、収集現地で火葬して持ち帰った遺骨を毎年まとめて火葬場で再度、高熱ガスを使って焼くためだ。遺骨は原形をほとんどとどめなくなる。微塵と化したものは「灰」として捨てられる。このようにして遺骨のカサは数十分の一に圧縮される。こうした「処分」の方法と刑法が禁じる遺骨の損壊・遺棄と、どれだけの違いがあろうか。 東京都の条例は無縁の焼骨は一体ごとに骨壷などに収めて葬るよう定めている。だが、戦没者の遺骨は、この条例を無視して処理されてきた。 千鳥ケ淵には身元が判明した遺骨までも「身元不詳」として納められている。 近年、シベリア方面で整然と個別埋葬された墓から遺骨が収納された。記録で身元が確認された369柱は遺族に返されたが、遺族側の事情などで返せない遺骨が、39柱残った。これらの遺骨は記録を消されて千鳥ケ淵に改葬された。厚労省の担当者が公印を使って虚偽の改葬許可申請書を作成し、管轄の千代田区に提出した。 法律は墓地以外への遺骨の葬りを禁じている。墓地として認められるには自治体への申請と許可が必要であり、改葬についても自治体の許可が必要だとしている。調べてみると、千鳥ケ淵墓苑は「墓地」ではないことが、一昨年に判明した。千代田区はそれまで厚労省の求めに応じて改葬許可を出してきたが、この事実が指摘され、昨年からは許可を出さなくなった。都の火葬場も再焼骨を断ったが、厚労省はどこかで焼骨して418柱を葬った。同省の責任者は「千鳥ケ淵墓苑が法律上の墓地ではないことが以前から承知していた」という。千代田区も国民も、それを知らなかった。 小泉首相の靖国参拝をきっかけに、戦没者追悼施設の必要性が再認識されるようになった。昨年末には官房長官の私的懇談会が「国立の無宗教の戦没者追悼施設が必要だ」とする報告書を1年がかりでまとめたが、自民党内には反対論が強く、首相も消極的で、実現の可能性は低いという。 昭和の兵たちは北へ南へと派兵され、異国の地に果てた。いま幸運にも遺骨が発見されて平成の祖国に帰っても、幾重にも違法で非人道的に葬られる運命が待っている。 死者たちのためにまず必要な施設は墓だが、国家として戦没者を正常に葬れる墓はいまだに一つも存在しない。違法で残酷な納骨に終止符を打ち、一日も早く、広い土地をつかった個別埋葬の国立墓地がつくられることを願ってやまない。
中小経営者、個人保証禁止を以前は交通事故の年間死者とほぼ同じ1万人前後だった自殺者数が、最近、痛ましいことに3万人を超える。ベトナム戦争でも米側の戦死者は10年間で6万人弱だった。それを2年で超える数だ。背景には倒産やリストラなどによる経済的破綻がある。 3年ほど前、ニュヨーク・タイムズの記者から質問を受けた。「日本の経営者の自殺が多いのはなぜか。会社が倒産したからかいってなぜ死ぬのか」。私は「倒産だけで普通は死なない。日本には個人保証があるため、会社だけでなく自分も周囲も財産を失うからだ」と説明した。 金融機関の融資を受ける際、土地などの担保を取られるほかに自分や第三者を保証人とされる慣行のことだ。会社が破綻した時に担保以上の負債があると、自分以外の知人らにも被害が及ぶ。家族も相続放棄か自己破産しない限り孫子の代まで債権者に追及される。だが、一般の人にはまだまだ理解されていない。 「現代の日本で、そんな野蛮な制度がまだ存在するのか」とその記者は驚き、「政府はなぜ、そんな銀行の横暴をすぐにやめさせないのか」と首をかしげた。 米国では一部の州で禁止されて以来、個人保証は事実上なくなってきている。他の先進国でも多くが法律で禁じている。 日本の個人保証は戦前からのものだ。土地などの担保が長期デフレ下で十分機能しなくなり、これに苦しむ経営者が増えている。 私の会社は中小企業専門の経営相談を扱っているが、来訪者の7割はこの問題に悩む人たちだ。その一人で都内の飲食店チェーンの経営者は、金融業者から資本金を上回る額の融資を受けた。増資の形で行い、個人保証も取るという条件だった。結局、経営権を奪われた末に、半年後に解雇され自殺してしまった。 最初から返済不能と知りながら、個人の財産や会社乗っ取りをねらった融資だった。本人は収入の道を断たれ、個人保証で周囲に迷惑をかけるのを避けようとして、保険金目当ての死を選んだのだ。ヤミ金融を中心に、こうした形で本来のリスク管理目的からも逸脱した制度の悪用が目立ってきている。 保証人を取るか取らないかは、融資する金融機関の経営判断によるものだ。だが、現実には中小企業経営者のみが要求され、上場会社などの大企業が求められることはない。独占禁止法に違反すると国会で論議されたこともある。 廃止すれば不良債権になる融資が増えるなどと言われるが杞憂だ。それは中小企業への国の特別保証(無担保融資)の不良債権比率が予想を下回っている現実を見ても明らかである。 中小企業の救済策は、様々に論じられているが、これほど経営者を萎縮させ、長期不況の根本要因となっているものもない。 私はこれまで、経営者たちが自宅などまで競売に付される悲劇を避けるため、家族らとの共有財産とする方法などを助言してきた。だが、東証上場を果たした企業経営者から「何が良かったと言って、いつも気が気でなかった個人保証がなくなったことだ。金に換えられないほどうれしい」と聞き、その廃止は金のかからない景気回復策にも通じると確信するに至った。 融資リスクを個人が負う慣行はきわめて封権的だ。日本に根付いてはいるが、廃止は難しいことではない。欧米などのように「個人保証は取ってはならない」とする法律を制定すれば、これら民衆の苦しみは消え去る。禁止は現在の先進国の常識なのだ。
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